【ガザからの声】 1月18日

1月18日、ガザの人たちに電話で様子を聞きました。

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・マジダさん(ハンユニス、ナワールセンター職員)

(停戦したといっても)事態はまだ変わっていません。飛行機は上空を飛んでいますし、私たちは仕事に戻っていません。ガザ市と南部は切り離されたままですし、私たちは様子をうかがっているところです。

大変たくさんの人々が避難民になって、逃げ回っています。ガザ中の学校が避難場所になっています。また、親戚などの家に逃げている人もいます。家を失った人たちがたくさんいて、戻る場所がありません。学校はもちろん休校しています。

私たちも子どもたちや家族に物を配ったりしていますが、こうした救援が必要な家族は膨大で、私たちの手に余ります。従来対象にしていた子どもの数は数百人でしたが、いま支援を必要としているのは何千人も何万人もの子どもなのです。

また、大変に寒いです。雨も降っています。電気も無いし、燃料もなく、暖を取るために木を燃やしている人もいますが、この地域には燃料となるものはほとんど残っていません。

明日にはセンターに戻るつもりですが、まだ状況は不確かです。

物資については、エジプト側から入れられるようです。しかし、入れる許可を取るのに2週間から4週間かかります。ハンユニスにある全ての物資は全て買い上げて配ってしまいました。市場には何も残っていません。


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・アムジャッドさん(ガザ市、NGO職員)

現在、(停戦という報せを聞いて)人々は避難所を出て、自宅やアパートが破壊されていないか見にでかけています。 破壊の状況は地域によって違っていて、完全に破壊されたところと部分的な破壊のところがありますが、容赦ない破壊が広がっています。

物資補給の問題は、人道支援へのアクセスです。ガザには一日40から80台のトラックしか入ってきません。しかもトラックの半分は、商業用の品物で、UNRWAやNGOのような国際的な人道支援は残り半分でしかありません。150万人の住むガザに必要な物資を届けるには、通常の状態でも最低500台のトラックが必要なのにもかかわらず、です。

OCHA(国連人道支援調整室)に聞いたところでは、2005年12月には、1日で1万1千台のトラックがガザに入っていました。それが今は十分の一以下です。そんなのはゼロに等しい。そのほとんどは医療用品を運んでいて、食料や生活物資については最低限しか入ってきません。

ガザでは今、給与が払われていませんし、ものを買うための現金がありません。銀行が機能しておらず、預金があっても引き出せないのです。(パレスチナではイスラエルの通貨を使っており、イスラエルがガザに通貨を供給しないことが原因)

10万人が家を失い、6万人が避難所で暮らしていると聞いています。どの家も避難してきた知人や親戚たちを抱えて1軒に2-3家族が住んでいます。そのため衛生上の問題がありますし、また缶詰だけなど、わずかの必要物資しか受け取っていません。調理用ガス、電気に水も、もちろんありません。人は飲み水がないと生きていけないのに、水道水はろ過されていないし、ほんのわずかな量しか手に入りません。

イスラエル軍が撤退して、ようやく医療チームが入ることのできたガザ北部の地域では、新たに数多くの遺体が発見されました。子どもや女性などへの心理的なサポートが必要です。一家が全て犠牲になり、生き残っていた12歳と13歳の少女がエジプトの病院に運ばれたという話も聞きましたが、これはたくさんある悲劇の一つでしかありません。

2009.01.20 | | 2009年 【ガザ】

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