戦火の中のラマダン ガザ戦争日記

ラシャのガザ戦争日記  

7月17日(地上侵攻開始の前日) 

「戦火の中のラマダン」

こうして書いている間も、イスラエルはガザへの地上からの攻撃準備をしている。
イスラエル軍は砲撃に守られながら国境地帯に進軍を始め、
「有毒な白色ガス」が使われるだろうという報告もある。
幸運にも今日、うちには電気がある。でも、ガザのほとんどの地域は停電し、
暗闇の中の生活が続いている。主要な送電線が切られたからだ。

ハマスから停戦についての発表は何もなかったが、国連とイスラエルが協議し、
人道目的での6時間の一方的停戦が今日実施された。
人々は家の外にでて食べ物や水を買いに行くことができ、
銀行も久しぶりに営業して、給料や貯金を下ろすことができた。
私も家を出て近所を歩いてみた。爆薬のひどいにおいがまだ立ち込めているなか、
何百人もの人々が銀行の前に並んでいた。そして必要なものを買うとみな一目散に家に戻っていた。

イスラエルの攻撃はラマダン月の最中にやってきた。
イスラム教徒にとってもっとも神聖な月で、日中は断食をし、
水も飲まず、喫煙やその他不道徳な行為を慎む。
断食は精神の浄化を意味し、ラマダンは謙虚さと忍耐を示す時なのだ。
しかい、この攻撃で今年のラマダンは特に厳しい。
灼熱の中で日中16時間は飲食を絶っているうえに、
戦争に立ち向かう精神を維持するのは本当に難しいのだ。

膨大な避難者が日没後の食事を学校や避難所でとっている。
医師や看護師、救急隊員は断食中にも働き、
そして病院の廊下や道端で日没後の食事をとり、次の困難な仕事に備えている。
食事のたびに、私たちは爆撃音を聞きながら、神様にお祈りをする。
私たちに力と忍耐力をお与えください、犠牲者の魂を慰め、
負傷者や無力な人達に救いを差し伸べてください、とお願いをしている。

ガザは今も封鎖されている。2007年にハマスがガザを制圧してから、
イスラエルとエジプトがガザを封鎖し続けてきた。
それ以来ガザへの出入域は極度に制限され、
検問所はイスラエルとエジプトの完全な管理下に置かれている。
エジプトもガザ南部のラファ検問所をごく例外的に開けるだけである。
パレスチナ人はガザへの出入りにもイスラエル政府の許可が必要であり、申請しても通常は却下される。
さらにイスラエルは物資のガザへの出入りを完全にコントロールしていて、
食料品、水、医薬品、それに発電に必要な燃料をガザに入れるのはかなり困難だ。
イスラエル海軍はガザ沿岸を封鎖している。
誰もがこの封鎖が続くことは違法であり、「集団懲罰」だと感じている。

今回の攻撃はガザが最悪の経済難の最中に起きた。
先月、分裂してきたファタハ(西岸のパレスチナ自治政府)と
ガザのハマス政府が「統一政府」を宣誓してから、政権運営の問題点が浮き彫りになった。
ガザの5万人にのぼるハマス政府職員の給料はいまだに支払われずにいる。
彼らの給料はここ数ヶ月間も満額は支給されていなかった。
この問題はファタハとハマスの対立に拍車をかけている。
2007年からハマスがガザ内での公共サービスを担ってきたが、
西岸のパレスチナ自治政府(PA)は、自らの政権時代の政府職員16万5千人に対しては、
実際に働いてはいないのに給料を支払っていた。
この停戦時に、給料を銀行から引き落とせたのは、実はこのPA元職員たちだけなのだ。
多くの人たちは知人や親戚からお金を借りて食料や水を買うしかなかった。

今日現在(7月17日)、死者は200人、負傷者は1000人を超えた。
でも戦争は続いている。すぐに終わらせるべきだ。
今日私は外に出て、道行く人の顔を見ていた。
みな青白く、消耗し、不安と悲しみに満ちていた。
友達、家族、そして愛する人々の安全のためなら、私はすべてを失ってもかまわない。

2014.07.23 | | 2014ガザ

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