ガザの命と希望を守るために


7.21 キャンドルアクションでのスピーチ
    (当会のエルサレム駐在員より)

イスラエル軍による空爆開始から13日、地上侵攻が開始から4日が過ぎました。
死傷者の数は増加の一途をたどり、死者は21日現在430人を超え、負傷者は3000人以上。
88の学校、18の医療関係施設がこれまでに攻撃を受けています。

封鎖され、人々が逃げ出すこともできないガザに安全な場所はありません。
民家、通行量の多い道路、畑、公共施設、病院、学校、モスク、そして海岸。
至る所が無差別に空爆、砲撃されています。
イスラエル軍は攻撃対象の家とその周辺の家に、
攻撃直前に退避勧告の電話をしたり、退避勧告のビラを撒くようなこともしています。
あたかも人道に配慮しているかのように見えますが、
人々が避難したかどうかに関係なく7~10分後には空爆が実行され死者がたくさん出ていますし、
逃げられた人たちも一瞬にして家と全てを失っています。

というのも、いま被害の最も激しい「シュジャイヤ」や「ゼイトゥーン」という場所は、
ガザ市の中でも特に人口が多く、住民がすべて避難するなどは実質上不可能です。
またパレスチナ人は70年近く「難民」として厳しい生活をしてきた経験から、
一度離れた土地には戻れず、財産は失われることを、身を持って知っています。
そのため多くの人たちが、退避勧告にもかかわらず家に留まっていて、
土曜日以来、多数の犠牲者が報告されています。

生活状況もどんどん悪化しています。
人口180万を抱えるガザは、イスラエルが検問所を開けるか閉めるかに
左右されてきました。現在、検問所は閉じられ、物資や燃料供給が止まり、
上下水道、電気、ガスといった生命線がほぼストップし、食料、医薬品などの不足が深刻です。
爆撃によるインフラの破壊で、90万人もの人に3日以上水が届いていません。
1日20時間以上停電し、真夏の炎天下にごみ収集もなく下水処理施設も稼働していません。

5万人が、着の身着のまま国連の学校などに避難しています。しかし国連の学校に逃げたから
といって安全は保障されません。2009年も、2012年も学校に爆撃がありました。

2009年の大破壊の後、ガザの人たちは封鎖による建設資材不足の中でも、
ガレキから建築資材を手作業で掘り出し、ブロックや鉄筋に再生して、町を再建してきました。
農家は、戦車で破壊された農地やビニールハウスを修復し、野菜や果樹を育ててきました。
トラウマを抱えた子どもたちの心のケアも続けられてきました。
厳しい封鎖と先の見えない状況でも、人々はより良い生活と未来のために努力をしてきたのです。
そして私たちNGOや国連、各国政府も協力をしてきました。

私は、これまで3年以上ガザで多くの人たちと一緒に働いてきました。
水の乏しいガザの環境を考え、水が少なくても可能な農業を目指して、
多くの農家が日々努力をしています。
スタッフのほぼ全員が聴覚障害者のレストランも開店しました。
小学生も自分たちの社会の未来を一生懸命考えています。

それなのに、イスラエルの爆撃や地上侵攻は、こうした人々の生命と生活を奪い、
未来を破壊し、人々の努力は一瞬にして水泡に帰しています。
この5年間に同じことが3度繰り返され、多くの人命が失われました。

こうしたガザの普通の人たちの思いを受け止め、彼らの命を守るために
日本にいる私たちも声をあげる時です。キャンドルの灯りに連帯の思いをこめて、
ガザの人々に届けましょう。また、即時停戦を呼びかけましょう。

2014.07.21 | | 2014ガザ

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