ガザNGOからの支援要請

ガザNGOからの支援要請

ガザの現地NGOであるCFTAからのメッセージをお伝えします。
CFTAとパレスチナ子どものキャンペーンは、2005年にハンユニスで
「ナワール児童館」を開設し、いまも運営しています。
パレスチナ子どものキャンペーンでは、CFTAのアピールに応えて、
物資配布などが継続できるよう、資金面での協力をしています。
ぜひ皆様のご協力をお願いします。

ガザ・CFTAからの緊急アピール 2014年7月28日

保健省によると、7月7日にガザでの軍事侵攻が始まってから7月27日1時20分までに、
イスラエル軍によって1049人のパレスチナ人が殺されました。うち、
こども218人、女性87人、高齢者48人、民間人男性696人、障がい者4人です。
国連人道問題調整事務所(以下UN-OCHA)は死者の73%が民間人だと報告しています。
負傷者6,000人以上、うちこども1854人、女性1187人、高齢者305人、民間人男性2654人です。
3,600棟以上が破壊され、177,000人が住んでいた家や地域からの避難を余儀なくされています。
報告によると約150,000人が国連の85の学校にいて、26,000人が公立の学校など
避難する場所を求めています。また、1000人がガザ市内のキリスト教の教会に避難し、
何万ものが親戚や友人宅、地域の集会所、倉庫、モスク、オフィス、草の根団体などに避難しています。
避難する場所のあてが見つからない人は、シファ病院の敷地など比較的“安全”と言われる
地域の路上に野宿しているのです。この誰もが家にすぐに帰れるとは思えません。
イスラエル軍はガザ地区の44%を“立ち入り禁止区域“と宣言しているうえ、
軍事侵攻の拡大をすると脅しているからです。

人々への攻撃は熾烈を極めており、死亡者数と恐怖の話が日毎に増えています。
国連機関は147,000人の子どもたちが心理サポートが今すぐに必要な状態にあると見積もっています。
私たち「文化と自由な思考の協会(以下CFTA)」のチームもこの悲劇の影響を受けないわけはありません。
現在、ほとんどのスタッフは自宅に避難してきた人たちを受け入れており、少ない人でも2家族、
私の同僚の幾人かは7家族をも受け入れており、小さな貸家がぎゅうぎゅうになっているのです。

空、陸、そして海からの爆撃が続いているにも関わらず、
多くの人たちが避難所を求めて通りをさまよっています。
もはや私たちの家も彼らを受け入れられる状況ではないのです。

CFTAスタッフはボランティアとして避難所となっている学校に行き、
避難している子どもたちの遊び相手になったり、物資や衛生用品を配ったり、
他の地域で寄付集めをしたりしています。

物資の制限があり、銀行が閉まっていても、CFTAはハンユニスとガザ市で
最低でも一日あたり2500人に食料を配布しています。
7月23日、ハンユニス東の境界に近い村から避難した人が押し寄せてきたときには、
CFTAはマットレスを200以上、衛生用品を300以上配布しました。

とりわけガザの物資は急速になくなっていっているため、
ガザ中の病院や避難所には治療や支援を必要としている多くの人々が現在押し寄せていっています。

封鎖されたガザで暮らすパレスチナ人の命と人権を守るため、
すべての人の課題として、CFTAは今こそ皆さまのご支援をお願いします。
現場で差し迫って必要とされていることを一層支援していくために、
私たちは緊急委員会を発足させ、数日のうちに迅速に介入していく計画を組んでいます。

私自身、たくさんの女性と子どもなど75人が縦6メートル横7メートルの倉庫で
寝ている様子を目の当たりにしました。そこは水もトイレも電気もマットレスもなく、
ただ床と四方の壁と天井だけの部屋でした。
またよその家の玄関前のブロックの上や階段で暮らしている人々も見ました。

私たちは、どれほど急いで着の身着のままで、お金も持たず、
家財の一切を置いて逃げてきたのかというたくさんの話を聞いています。
私たちが活動する地域では、以下のような物資がまったく足りていません。
 衣類、履物
 衛生用品、オムツ
 食料。(小売店の提供できる量が非常に限られており、一律のフードバスケットを
          準備することができないため、クーポンを使って配布しています)
 乳幼児用ミルク
 マットレスと毛布
 心理サポート

「台所にいたときに大きな爆発音が聞こえました。家の中です。戦車は私の家を狙っていたのです。
息子と一緒に逃げなくてはならなかったのに。。。。暗闇の中、私たちは走り続けました。
1週間前の事です。まだ息子が見つかりません。
昨日家を見に戻って、家がぺしゃんこになっているのがわかりました。
息子をガレキの下から見つけようとしましたが、見つかりませんでした。
代わりに他の遺体を、ガレキの中から見つけました。
今は45人の女性や子どもたちと一緒に倉庫の中にいます。
狭く水もトイレも電気もありません。でも私にとってはここが他に比べて安全な場所なのです。
私は夜ここで過ごして、朝になったらまた息子を探し始めようと思います。」
  (ハンユニス東部、アバサン村の近くのザナハ近郊から逃げてきた40代のウンム・ヤーセルさん)

ウンム・ヤーセルさんのような、支援を必要としている人は何千人もおり、
その人たちに少なくとも最低限必要なものを届けることができるよう、皆さまからの支援を必要としています。

イスラエルに押し付けられてきた封鎖と極度に繰り返される暴力の下で
長年にわたって暮らしてきた経験から、CFTAは今回の攻撃によるトラウマを
人々が克服していくのを助ける重要な支援に着手する準備にかかります。
地域の専門家チームによって、子どもと大人にストレスを発散する機会を提供します。
また、残虐な光景を直接見てしまった支援者への支援も提供していきます。
この流血と恐怖の日々の影響を受けた人々の心理サポートを
長期的にフォローアップしていく必要があります。

ガザでは、明日がどうなるのか私たちはわかりません。
しかし、この苦悩は間もなく終わるという希望を持って生きています。

CFTAは皆さまができるどんな支援にも感謝します。
私たちはとても緊急に膨大なニーズに直面しています。
上記のような優先事項に、緊急の支援をお願いいたします。

2014.07.31 | | 2014ガザ

ガザで炊き出し開始! 毎日1000人に

ガザ緊急支援活動を開始!

緊急募金にご協力ください


ガザでは国境から3キロ内側までの地域をイスラエル軍が「立ち入り禁止地域」にしています、
それはガザ面積全体の44%以上におよんでいて、この地域の住民は強制排除され、
数十万人が少しでも安全な場所を求めて逃げ惑っています。
避難所は人で溢れ、道路に寝ている人たちがたくさんいます。
避難所にさえ爆撃があり昨日はたくさんの人が死傷しました。

パレスチナ子どものキャンペーンでは、ガザの非常事態に対して、
現地NGOと一緒に具体的な緊急支援を開始しました。

「アトファルナろう学校」と、聴覚障がい者が運営している「アトファルナ・レストラン」
と一緒に、毎日1000人に対して炊き出しを開始しました。
50円で1人1食分の炊き出しができます。

一人でも多くの人たちに食事や物資を届けるため、緊急募金にご協力をお願いいたします。

※募金先
・郵便振替  00160-7-177367 パレスチナ子どものキャンペーン
・銀行口座  みずほ銀行 高田馬場支店 普通8030448 パレスチナ子どものキャンペーン

※当会のホームページから、クレジットカードでもご寄付いただけます。
http://ccp-ngo.jp/bokin.html

※「アトファルナろう学校」は1992年に当会が地元の人たちと一緒に開校しました。「アトファルナ・レストラン」はろう学校が中心となって2012年10月にオープンしたレストランです。

2014.07.25 | | 2014ガザ

私はまだ生きている (ガザの戦争日記)

ラシャのガザ戦争日記 – 私はまだ生きている

7月21日



戦争が始まって13日目になる今日の午後もこの日記を書く。
地上侵攻がはじまってから48時間以上がたった。
ここ2日間はこの戦争が始まってから最もひどい状況だ。
そして今夜は10秒おきに戦車からの砲撃が聞こえる。
イスラエル軍は「グリーンライン」(イスラエルとガザの境界。1949年の停戦ライン)
から500メートル内側まではまだ来ていないようだ。
しかし遠くから一般市民とその家を砲撃しつづけている。
地上侵攻が始まって以降、死者数は150人から500人までに一気に跳ね上がり、
負傷者は3000人以上に上る。死傷者の数は分刻みで増えているのだ。

今夜もイスラエル軍の攻撃は野放図に続いている。
国境近く、とくにガザ市の東側に住んでいる人々の命が
イスラエル軍の攻撃により次々に失われている。
国際赤十字委員会が必要な地域すべてに救急車や救急隊員を送るのは不可能だ。
激しい砲撃がずっとつづいているから。ガザの東部地区からのSOSに対して、
赤十字の電話は話し中でつながらず、救急車が爆撃のために
その地域に入れない。緊急電話は死者と負傷者の名を告げていて、
道路は血の色で染まっている。その映像や写真をあとになって私は見るだろう。

身元不詳の女性、子ども、高齢者が逃げているシャジャイヤ地区の映像で
ガザの夜が明けた。何百もの家庭がガザ中心部へ、国連の学校へと避難をしている。
その学校施設はすでに飽和状態だ。

彼らは持ち物をすべて残して来ざるを得なかった。
裸足で、叫び、泣きながら逃げてきた。
障がい者や高齢者の車いすを必死に押している人もいた。

シャジャイヤ大量虐殺のある生存者は言う:
「激しい砲撃は大量で断続的だった!とにかく家を出て必死に逃げてきた。
そして走りに走り続けて、、、その時誰かが転んだ!でも振り返ることはできなかった。
とにかく走り続けた。それからもう一人が転んだ、でも私たちは走り続けた。
ガザ市の『安全』といわれる場所にたどり着いた時、最初の50人が12人になっていた。」

アルジャジーラの現場記者はあまりのショックで、中継を続けられなくなってしまった。
医師と看護師はこんな常軌を逸した状態でもプレッシャーと戦いながら懸命に働き続けている。
目の前で起こっていることが本当に信じられない。
もっと信じられないのは国際社会が未だに黙っていること。
国際社会がぐずぐずしているうちに、この惨劇は新たなレベルのカタストロフィーに突入している。

戦いはますます激しさを増している。ハマスの軍事部門である「アル・カセム大隊」によると、
34人以上のイスラエル兵士が殺され、その他多数が負傷し、いくつかの戦車は爆撃されたという。
アル・カセム大隊は、オンライン上に破壊された戦車の画像をいくつも載せている。
イスラエル側は兵士が5人亡くなったと発表している。
イスラエルはすでに国際的に報道されたこと以外は公式に発表しない。
地上侵攻が始まって以降、閃光弾が夜のガザを日中のように照らし続けている。
しかし、私たちの生活は暗闇に支配されている。

みなさん、ガザでの血なまぐさい戦争の一晩の出来事だけでも読んでもらえませんか?
毎日終わりのない暴力が続いている。市民の保護に関する国際条約は犯され続けている。
世界はこれについてどう思っているのだろう?
国際社会は本当にどこへいったのだ?
このガザの状態を理解し、この戦争犯罪を止めるには、人権専門家である必要はない。
ましてやガザの政治を理解する必要もない。
この状況を理解するのに、アラブ人やイスラム教徒である必要もない。
一人の人間であればいい。今ガザで続いている戦争犯罪は、人間性を試しているのだと私は思う。
あなたが一人の人間であるなら、ガザへの行為は大量殺戮・虐殺というのがわかるはずだ。
それでも、「イスラエルの自衛行為」というのだろうか。

2014.07.24 | | 2014ガザ

戦火の中のラマダン ガザ戦争日記

ラシャのガザ戦争日記  

7月17日(地上侵攻開始の前日) 

「戦火の中のラマダン」

こうして書いている間も、イスラエルはガザへの地上からの攻撃準備をしている。
イスラエル軍は砲撃に守られながら国境地帯に進軍を始め、
「有毒な白色ガス」が使われるだろうという報告もある。
幸運にも今日、うちには電気がある。でも、ガザのほとんどの地域は停電し、
暗闇の中の生活が続いている。主要な送電線が切られたからだ。

ハマスから停戦についての発表は何もなかったが、国連とイスラエルが協議し、
人道目的での6時間の一方的停戦が今日実施された。
人々は家の外にでて食べ物や水を買いに行くことができ、
銀行も久しぶりに営業して、給料や貯金を下ろすことができた。
私も家を出て近所を歩いてみた。爆薬のひどいにおいがまだ立ち込めているなか、
何百人もの人々が銀行の前に並んでいた。そして必要なものを買うとみな一目散に家に戻っていた。

イスラエルの攻撃はラマダン月の最中にやってきた。
イスラム教徒にとってもっとも神聖な月で、日中は断食をし、
水も飲まず、喫煙やその他不道徳な行為を慎む。
断食は精神の浄化を意味し、ラマダンは謙虚さと忍耐を示す時なのだ。
しかい、この攻撃で今年のラマダンは特に厳しい。
灼熱の中で日中16時間は飲食を絶っているうえに、
戦争に立ち向かう精神を維持するのは本当に難しいのだ。

膨大な避難者が日没後の食事を学校や避難所でとっている。
医師や看護師、救急隊員は断食中にも働き、
そして病院の廊下や道端で日没後の食事をとり、次の困難な仕事に備えている。
食事のたびに、私たちは爆撃音を聞きながら、神様にお祈りをする。
私たちに力と忍耐力をお与えください、犠牲者の魂を慰め、
負傷者や無力な人達に救いを差し伸べてください、とお願いをしている。

ガザは今も封鎖されている。2007年にハマスがガザを制圧してから、
イスラエルとエジプトがガザを封鎖し続けてきた。
それ以来ガザへの出入域は極度に制限され、
検問所はイスラエルとエジプトの完全な管理下に置かれている。
エジプトもガザ南部のラファ検問所をごく例外的に開けるだけである。
パレスチナ人はガザへの出入りにもイスラエル政府の許可が必要であり、申請しても通常は却下される。
さらにイスラエルは物資のガザへの出入りを完全にコントロールしていて、
食料品、水、医薬品、それに発電に必要な燃料をガザに入れるのはかなり困難だ。
イスラエル海軍はガザ沿岸を封鎖している。
誰もがこの封鎖が続くことは違法であり、「集団懲罰」だと感じている。

今回の攻撃はガザが最悪の経済難の最中に起きた。
先月、分裂してきたファタハ(西岸のパレスチナ自治政府)と
ガザのハマス政府が「統一政府」を宣誓してから、政権運営の問題点が浮き彫りになった。
ガザの5万人にのぼるハマス政府職員の給料はいまだに支払われずにいる。
彼らの給料はここ数ヶ月間も満額は支給されていなかった。
この問題はファタハとハマスの対立に拍車をかけている。
2007年からハマスがガザ内での公共サービスを担ってきたが、
西岸のパレスチナ自治政府(PA)は、自らの政権時代の政府職員16万5千人に対しては、
実際に働いてはいないのに給料を支払っていた。
この停戦時に、給料を銀行から引き落とせたのは、実はこのPA元職員たちだけなのだ。
多くの人たちは知人や親戚からお金を借りて食料や水を買うしかなかった。

今日現在(7月17日)、死者は200人、負傷者は1000人を超えた。
でも戦争は続いている。すぐに終わらせるべきだ。
今日私は外に出て、道行く人の顔を見ていた。
みな青白く、消耗し、不安と悲しみに満ちていた。
友達、家族、そして愛する人々の安全のためなら、私はすべてを失ってもかまわない。

2014.07.23 | | 2014ガザ

7/26 ガザ緊急報告会 (当会現地駐在員) 


7.26 ガザで何が起こっているのか? 
駐在員の緊急報告会


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日時:7月26日(土) 14時~17時
場所:豊島区目白第二区民集会室(JR目白駅下車2分、当会事務所そば)
参加費:無料   定員50人

申し込み先:パレスチナ子どものキャンペーン
電話 03-3953-1393   メール info@ccp-ngo.jp
   
パレスチナ子どものキャンペーンの駐在員として、
ガザで3年近く生活してきた中村哲也の報告会です。

ニュースでは語られないガザと人々の生活、現状と必要なことなどをお話します。
現地スタッフや協力NGOのスタッフなど、最新の市民の声も伝えます。

パレスチナ子どものキャンペーンは、20年以上前からガザで活動を続けています。
アトファルナろう学校、ナワール児童館、種子バンク、環境保全型農業事業など
ガザの子どもと地域のための活動は、現地に根付き、地元でも評価されてきました。
軍事侵攻によってこうした活動もいま危機にあります。

2014.07.22 | | 2014ガザ

ガザの命と希望を守るために


7.21 キャンドルアクションでのスピーチ
    (当会のエルサレム駐在員より)

イスラエル軍による空爆開始から13日、地上侵攻が開始から4日が過ぎました。
死傷者の数は増加の一途をたどり、死者は21日現在430人を超え、負傷者は3000人以上。
88の学校、18の医療関係施設がこれまでに攻撃を受けています。

封鎖され、人々が逃げ出すこともできないガザに安全な場所はありません。
民家、通行量の多い道路、畑、公共施設、病院、学校、モスク、そして海岸。
至る所が無差別に空爆、砲撃されています。
イスラエル軍は攻撃対象の家とその周辺の家に、
攻撃直前に退避勧告の電話をしたり、退避勧告のビラを撒くようなこともしています。
あたかも人道に配慮しているかのように見えますが、
人々が避難したかどうかに関係なく7~10分後には空爆が実行され死者がたくさん出ていますし、
逃げられた人たちも一瞬にして家と全てを失っています。

というのも、いま被害の最も激しい「シュジャイヤ」や「ゼイトゥーン」という場所は、
ガザ市の中でも特に人口が多く、住民がすべて避難するなどは実質上不可能です。
またパレスチナ人は70年近く「難民」として厳しい生活をしてきた経験から、
一度離れた土地には戻れず、財産は失われることを、身を持って知っています。
そのため多くの人たちが、退避勧告にもかかわらず家に留まっていて、
土曜日以来、多数の犠牲者が報告されています。

生活状況もどんどん悪化しています。
人口180万を抱えるガザは、イスラエルが検問所を開けるか閉めるかに
左右されてきました。現在、検問所は閉じられ、物資や燃料供給が止まり、
上下水道、電気、ガスといった生命線がほぼストップし、食料、医薬品などの不足が深刻です。
爆撃によるインフラの破壊で、90万人もの人に3日以上水が届いていません。
1日20時間以上停電し、真夏の炎天下にごみ収集もなく下水処理施設も稼働していません。

5万人が、着の身着のまま国連の学校などに避難しています。しかし国連の学校に逃げたから
といって安全は保障されません。2009年も、2012年も学校に爆撃がありました。

2009年の大破壊の後、ガザの人たちは封鎖による建設資材不足の中でも、
ガレキから建築資材を手作業で掘り出し、ブロックや鉄筋に再生して、町を再建してきました。
農家は、戦車で破壊された農地やビニールハウスを修復し、野菜や果樹を育ててきました。
トラウマを抱えた子どもたちの心のケアも続けられてきました。
厳しい封鎖と先の見えない状況でも、人々はより良い生活と未来のために努力をしてきたのです。
そして私たちNGOや国連、各国政府も協力をしてきました。

私は、これまで3年以上ガザで多くの人たちと一緒に働いてきました。
水の乏しいガザの環境を考え、水が少なくても可能な農業を目指して、
多くの農家が日々努力をしています。
スタッフのほぼ全員が聴覚障害者のレストランも開店しました。
小学生も自分たちの社会の未来を一生懸命考えています。

それなのに、イスラエルの爆撃や地上侵攻は、こうした人々の生命と生活を奪い、
未来を破壊し、人々の努力は一瞬にして水泡に帰しています。
この5年間に同じことが3度繰り返され、多くの人命が失われました。

こうしたガザの普通の人たちの思いを受け止め、彼らの命を守るために
日本にいる私たちも声をあげる時です。キャンドルの灯りに連帯の思いをこめて、
ガザの人々に届けましょう。また、即時停戦を呼びかけましょう。

2014.07.21 | | 2014ガザ

誰が勝者なのか?(ウリ・アヴネリ翁のコラム翻訳)


ウリ・アヴネリのコラム

勝者はだれか?   2014年7月19日

ウリ・アヴネリ
  
(ウリ・アヴネリ翁は、イスラエルの平和運動の長老。元国会議員。90歳を過ぎてなお毎週コラムを執筆している。)

今回のイスラエル軍によるガザ侵攻を、
その作戦名「頑丈な崖Solid Cliff」(別名 防御の刃Protective Edge)の
表現スタイルにならって書き記すと、歴史の中ではどんな風に見えてくることだろうか?

たとえば、「ウィンストン・チャーチルは悪漢だ」となる。

5年間にわたって、チャーチルは、ロンドン市民をドイツ空軍の仮借なき爆撃の下に曝し続けた。
彼はロンドンの住民を彼のクレージーな戦争のため「人間の盾」として使ったことになる。
市民は爆弾とロケットに、「鉄のドーム」と呼ばれる、今のイスラエルの地対空ミサイル防御システムの
守りもなく、さらされ続けたのに、チャーチルはダウニング街10番地の彼の地下壕の中に隠れ通した。

彼は、すべてのロンドン市民を人質として利用した。
ドイツの指導者が、寛大な和平提案をしたにも拘わらず、
彼はクレージーにもイデオロギー的な理由からそれを拒んだ。
というわけで、彼はイギリス国民を、想像もつかないほどの苦難に陥れたということになる。

時々チャーチルは彼の地下のアジトから地上に現れ、廃墟の前で自分の写真を撮らせた。
撮影が終わると、またいつもの「ネズミの穴」に戻っていくのだった。
にもかかわらず、彼はロンドン市民にこう語った、
「将来の世代の人びとは、これが皆さんにとって最良の時だったと讃えることでしょう!」

ドイツ空軍は、ロンドン市を爆撃し続けるほかに選択肢がなかった。
彼らの司令官は、作戦会議が開かれている英国軍人の家などの軍事目標を攻撃しているだけだ、と表明していた。

ドイツ空軍は、ロンドン市民に対して市内から退避するように呼びかけた。
実際、多くの子どもたちは避難した。
しかし、ほとんどのロンドン住民はチャーチルの、市内に留まるようにとの求めに耳を傾け、
甘んじて「巻き添え被害」(collateral damage)の運命に身を委ねた。

ドイツの最高司令部は、ロンドン市民の家々の破壊と彼らの家族の殺傷が、
人びとを立ち上がらせ、チャーチルをお払い箱にし、
彼の戦争好きな一党を雲散霧消させてくれると期待した。

粗野なロンドン人は、ドイツ人を憎むあまり、理屈を忘れ、意地になって
臆病者のチャーチルの指示に従った。彼への尊崇の念は日々、人びとの間で高まり、
戦争の終るまでには彼はほとんど神に等しい存在となった。

彼の銅像は今もウエストミンスターにある議会の前に立っている。

4年が経って、歴史の歯車は回った。
今度は英国とアメリカの連合空軍が、ドイツの都市を爆撃し、完全に破壊した。
石の上に残る石が一つもないほどだった。
往時栄光に輝いた宮殿はまっ平にされ、文化遺産も消滅した。
「無辜の市民」は、粉々に吹き飛ばされ、熱傷死を遂げ、あるいは、単に蒸発した。
ヨーロッパでもっとも美しい都市のひとつとされたドレスデンも、数時間に及ぶ火炎の嵐で完全に破壊され尽くした。

この爆撃の真の狙いは、ドイツ市民を恐怖に陥れ、彼らの指導者を取り除かせ、降伏に導くことだった。
しかし、それは起きなかった。本当のところ、ヒットラーに対する、
唯一の反抗は軍の上官たちによって起こされ、失敗に終わった。
ドイツ市民は立ち上がろうとしなかった。それどころか、「テロリスト・パイロット」への非難として、
ゲッベルスは、こう言明している。
「奴らは我々の家々を破壊することはできても、我々の精神を壊すことはできない」

ドイツは、最後の最後まで降伏しなかった。数百万トンという爆弾も十分ではなかった。
爆弾は反って人びとの士気と総統への忠誠を強めることになった。

そしてガザについても同じことが言える。

皆が今回はどちらが勝つことになるのかと、問うている。

この問いにも、ユダヤ人的に答えねばならない、もう一つの問いが付随してくるが。

古典的な意味での勝利の定義では、戦場に留まり得たものが、戦いを制したことになる。
しかし、ここガザでは、誰も動こうとはしない。ハマスも依然とどまっているし、イスラエルもそうだ。

カール・フォン・クラウゼヴィッツというプロイセンの戦争理論家の
「戦争は、他の手段による政治の継続にほかならない」という言葉は有名だが、
このガザ戦争では、戦いの両者とも明確な政治的目的を有していない。
そこで、勝利はクラウゼヴィッツ流に判断することができない。

ガザへの集中的な爆撃は、ハマスの降伏をもたらさなかった。
一方で、ハマスによるロケット(ミサイル)攻撃は
イスラエルのほとんど全土に及んだが、成功はしなかった。
ロケット攻撃がイスラエルのどこにでも到達したという意味での驚くべき成功は、
それと対になった、イスラエル側の「鉄のドーム」と呼ばれる地対空ミサイル網の驚く成功によって阻止された。
 
そこで、これまでのところ、勝負は五分五分と言える。

しかし、ちっぽけな領土のちっぽけな戦闘集団が、
世界でも最強の軍隊の一つに挑んで五分五分の勝負にもちこめたというなら、
それは勝利と考えることもできる。

イスラエル側の政治的な目標の欠如は、混乱した思考の結果とも言える。
イスラエルの指導層は、政治的層も軍事的層も、ハマスをどのように扱えばよいのか、
本当のところ、分からなくなっている。

すでに、多くの人が忘れているかもしれないことだが、
ハマスはもともとイスラエルが創りだしたものだった。
67年戦争による軍事占領の後、西岸とガザでのいかなる政治活動も
残虐に弾圧されていた最初の数年間、パレスチナ人が集まり、みずからを組織できた場所はモスクだけだった。

その時期、ファタハ(パレスチナの政党、PLO内の最大勢力)は
イスラエルにとって一番の敵だった。
イスラエル指導層は、ヤーセル・アラファトをテロリストの親玉として、悪魔扱いしていた。
アラファトを憎んでいた当時のイスラム原理主義者は、
イスラエルにとって、よりましな悪漢であり、秘密裡の同盟者とすら言えた。

以前に私は、Shin Bet(イスラエル安全保障局)の長官に、
彼の組織がハマスを作ったのではないかと尋ねたことがある。
彼の答は、「我々が彼らを作ったのではない。我々は彼らを許容したのだ」というものだった。

このイスラエルとハマスの関係は、第一次インティファーダ(1987年)が始まった1年後に、
アフマド・ヤシーン師が逮捕されたことによってすっかり変わってしまった。
これ以降、現実は180度ひっくり返った。
ファタハは、安全保障の面からは、今やイスラエルの同盟者であり、
ハマスはもっとも恐るべきテロリスト集団ということになった。

しかし、これは真実だろうか?

イスラエルの当局者の中には、ハマスが存在しなかったとすれば、
それをひねり出さねばならなかっただろう、と言う者がいる。
ハマスはガザをコントロールしている。そこで起きるすべてのことに、
彼らが責任を負わねばならない。ハマスは法と秩序をもたらしている。
停戦ということに関して、ハマスはイスラエルにとって信頼できるパートナーだ。

前回のパレスチナ立法評議会選挙(2006年)は、国際監視のもとで行われ、
西岸でもガザでも、ハマスの勝利に終わった。
ハマスがその結果を否定され、政権を担うことを許されなくなったとき、
彼らはガザでそれを武力に訴えて実行した。
信頼できる情報を総合すれば、彼らはガザの大多数の住民から信頼されていると言えるだろう。

イスラエルのすべての事情通が合意していることは、
もしガザのハマス体制が崩れれば、もっと過激な分派が権力を簒奪し、
ガザと180万人の住民を、完全なカオスに追い込んでしまうだろうということである。
イスラエル軍の専門家もそのことだけは望んでいない。

それゆえ、戦争の目的は、もし、もったいをつけて言うなら、
ハマスをうんと弱らせた状態で、権力の地位にとどめておくということになる。

しかし、一体全体、そんなことがどうやって成し得るだろう?

一つのやり方は、と政府内の極右の連中はいま要求している、ガザ全体をまた占領することだ、と。

それに対し、軍の指導者は再び質問を投げかける:それでどうなるというのかね?_

新たにガザを恒久的に占領することは、軍にとって悪夢だと言ってよい。
再占領は、イスラエルが、180万人の住民を平定し、
食わせてやることの責任を負うということだ。
この180万人の大多数は、1948年の戦争の結果難民となった人たちとその子孫なのだ。
永遠に続くゲリラ戦争が起きることだろう。イスラエルのだれもがそれを望んではいない。

占領して、その後去る? そんな虫のよいことはできない。
占領すること自体が、血腥い作戦となる。
もし、「溶けた鉛」(2008年12月から09年1月にわたるイスラエルのガザ侵攻作戦。
千数百名のパレスチナ人が殺害された)のドクトリンがまた採用されるなら、
千人から数千人のパレスチナ人が再び殺されることになるだろう。
この不文律のドクトリンでは、一人のイスラエル兵士の命を救うため、
百人のパレスチナ人を殺害しなければならないとしても、それは結構ということである。
しかし、もし、イスラエル軍の死者が数十名に増えることになったら、
それだけで、国内のムードは激変するだろう。軍もそれほどのリスクは冒したくないのだ。

7月15日の火曜日には、しばしの間、停戦が成り立ったかと思え、
ベンヤミン・ネタニヤフとと彼の将軍たちはすこしほっとした。

しかし、これも幻視だったことになる。なにしろ仲介者はエジプトの独裁者で、
世界中のイスラム原理主義者から憎悪されている人間だ。
彼は何百何千のムスリム同胞団員を、殺害し、投獄した。
彼はイスラエルの軍事同盟者であることを大ぴらにしている。
そしてアメリカの惜しみない援助の受け手でもある。
さらに、ハマスがエジプトのムスリム同胞団から出た派生物である以上、
アブデル・ファタ・シシ将軍は、真底ハマスを憎んでおり、そのことを隠してもいない。

そこで、シシ将軍はハマスと交渉する代わりに、恐ろしく愚かなことをした。
ハマスとは何の相談もせず、イスラエルの言う条件で停戦を押し付けてきた。
ハマスの指導者は、直接知らされたのではなく、メディアから停戦案を教えられたのだ。
当然彼らは、即座に停戦案を拒否した。

私の意見は、イスラエル軍とハマスが直接交渉すればよかったのだ、ということになる。
軍事史を通して、停戦は敵対する軍司令官どうしで交わされるものだった。
一方が白旗を立てた使者を、相手側の指令官に送り、
そこで停戦が成立したり、しなかったりするものだ。
(前世界大戦のとき、アメリカ将軍が、使者のドイツ人将校を「狂人」呼ばわりした有名な話が残っているが)

1948年の戦争では、前線の私自身が従軍した方面では、短い停戦が、
イェルチャム・コーエン少佐と当時まだ若かったエジプト側の将校、ガマル・アブドル・ナセルの間で交わされた。

このような停戦の方法が、目下の敵対者どうしの間では実現困難な以上、
真に誠実な仲介者が見い出される必要がある。

それができない中で、ネタニヤフは、彼の同僚やライバルから、
ガザに軍を送るよう逆らい難い圧力を受けた。
少なくとも、ハマスが国境のフェンス沿いに掘ったトンネルを発見し、
完全に破壊し、入植地への奇襲攻撃を行えないようにすることを求められている。

これらのことすべてどう終わるのだろうか? 
終わりはない、いつまでたっても、繰り返し繰り返し、同じことが起きる。
もし政治的な解決が図られないならば。

そこでやるべきこととは、ロケット攻撃も爆弾も双方がやめろ、
イスラエルによるガザの封鎖を解け、ガザの人々が普通に暮らせるようにしろ、
パレスチナ人同士の結束を真の統一政府のもとで進めろ、
真剣な平和交渉を行え、平和を創れ、ということに尽きる。  (本田徹訳)

*このコラムの最初の部分は7月16日(水曜日)発行のイスラエルの全国紙ハーレッツに掲載された。


2014.07.21 | | 2014ガザ

7月19日テルアビブのヒバマ広場へ

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7月19日午後8時にテルアビブのハビマ広場へ

グシュ・シャローム(イスラエルの平和運動)のアピール

「人殺しと破壊を今すぐ中止せよ!停戦協定、封鎖解除、そして平和へ」
7月19日午後8時 テルアビブのハビマ広場に集まりましょう

一般市民を射撃するのは許されない。決して許されない。
それなのに今も両者が撃ち続けている。ハマスはイスラエルの一般市民を撃ち、
イスラエル軍はガザの一般市民を撃っている。

対等なもの同士?いやまったく違う。
イスラエル国家は圧倒的な軍事力と経済力をもち、米国の巨大な経済支援と、
「鉄のドーム」という市民を守る高い技術システムを構築している。
イスラエル市民にとっては、ミサイル攻撃は煩わしいもの、
空爆警報はうるさいし、日常生活の邪魔になっているし、時々怖い思いをしている。
でもそれ以上ではない。

ガザには「鉄のドーム」もなければ、空や海から襲ってくる死から
市民を守ってくれるものは一切ない。イスラエル国家はガザ地区を叩き潰して、
殺して、殺して、殺しまくっている。イスラエル国家は一般市民を計画的に殺害しようとはしていない。
本当のところ計画殺害は目的にはなかったはずだが、現実は別ものだ。

毎日、毎時、ガザでは非武装の一般市民の殺害が続いている。
すでに200人以上のパレスチナ人が亡くなったが、ほとんどが非武装の一般市民で、
子どもも多く含まれている。そしてそれは今も続いている。

「なんであいつらは我々を撃ってきているんだ?」と
ノーベル平和賞受賞者でもある引退直前のイスラエルの大統領は憤っている。
「なんであいつらはガザをシンガポールみたいに豊かにしなかったのか?」とも。

でもシモン・ペレスは大事なことを忘れている。
シンガポールとガザの人口は大体同じだが、シンガポールには世界最大の商業港がある。
その港に入る何千もの船の往来を妨害する者はだれもいない。
交易のおかげでシンガポールは財を成している。
ひきかえ、小さなガザの港は閉鎖され、通行も妨害されている。
イスラエル海軍はこれまで以上に厳しく監視し、小船までも入港できなくしている。
また海岸からたかが数キロの地点で操業している漁業船にさえ砲撃している。

200万人近い住民にとってガザは巨大な牢獄だ。
イスラエルと隣国エジプトは、最近シーシ将軍が政権を掌握して以来、
関係を強化して、互いに協力しながらガザの封鎖をし、ガザの一般市民を閉じ込めている。
だからガザの住民たちは外の世界と行き来ができない。
ガザ人たちは海岸沿いに住んでいて、(射撃されない日には)
海岸で泳いだり、遊んだりできる。しかし船で航海したり、飛行機にのって
世界のどこへも行けるわけではない。
地上の国境もほぼ完全に封鎖されている。何年もの間、何百万もの人たちが、
小さく極端に狭く混雑している「ガザ”切れ端”」と呼ばれる場所に閉じ込められているのだ。

「我々がガザを封鎖しているのは彼らが撃ってくるからだ」と
イスラエルの指導者たちは言う。(実際のところガザの封鎖は
ハマスがガザを制圧するかなり前から行われているのだが。)
「ガザが封鎖をされているから我々は撃続ける。封鎖の解除が含まれない停戦合意など
到底受け入れられない」とガザの住民は言っている(その人たちのほとんどはハマスのメンバーではない)。

2週間前の状態に戻すだけの停戦合意は意味がない。
2週間まえの状態でも、厳しい封鎖下で人びとには耐えられないものだ。
封鎖によって経済的は窒息状態に陥り、住民のほとんどが極度の貧困に陥っている。
ガザの封鎖から新たな紛争の種が派生している。
封鎖が続くということは、1、2年したらまた同じことが起きるという意味なのだ。

封鎖解除だけが、ガザ市民の自由な往来を可能にし、
輸出入を可能にして、経済発展と将来への希望が持てるようにする唯一の方法だ。
封鎖の解除こそイスラエルとガザの境界線に平和と安寧をもたらす唯一の方法なのだ。

土曜日の夜、グッシュ・シャロームは他の平和団体や人権団体とともに
「境界線防衛」と呼ばれている残虐で不必要な戦争に反対してデモに参加します。
先週のデモは、極右の暴漢に襲われていますが、もちろんそんなことで、
将来に向けたこの重要な問題に対して、意見表明をやめることはありません。
デモに参加する予定の人たちは、場所、声の拡散、などに関しての警備員の注意に従い、
暴力的な挑発には乗らないようにしましょう。

2014.07.19 | | 2014ガザ

地上戦が始まる!


アブ・ターレクのガザ日記 10日目

7月17日 2:06
いま。ネットでニュースを見ようとしたとき、家が大きく揺れた。
うちに爆弾が落ちたのかと思った。
圧倒的な爆撃がガザ市を襲っている。隣の家の子どもの泣き声が聞こえる。

7月17日 23:02
言葉はもはや何の助けにはならない。私はもう本当に消耗しつくした。
疲れたし、挫折感もひどい。現在の侵攻は長引いている・・・
イスラエルが地上軍を投入したことが報じられた!

この間もパレスチナとイスラエルは和平交渉をしていたようだ。
でも1993年に「原則宣言」と言われるオスロ合意に調印してから
最終合意に向けた21年間の努力は水の泡になった。
そしていま和平交渉は戦火のどさくさに紛れてしまい、
パレスチナ人の独立への基本的な願いは満たされないままだ。
この戦争で殺されている無数の人々は新たな歴史の証人になる。
これはパレスチナのインティファーダ(民衆蜂起)の新たな形なのかもしれない。

こうして長年が過ぎてもイスラエルの責任は問われていない。
今日はまた3人の子どもがビルの屋上で遊んでいるところを空爆の餌食になって殺された。
イスラエルは責任を問われることがあるのか・・・。もはやわからない。

でも、今ほど真実が明白になったことはない!
そして人間だれにも一人ひとりなすべき役割があるはずだ。
私は自分のなすべき役割に戻る!そしてインターネット上で泣くのはもうやめることにした。
私の役割は脆弱な犠牲者を現場で助けること。それをやり続ける力を持ち続けたい。

2014.07.18 | | 2014ガザ

ABCニュース ガザ戦争日記7日目


【ラシャのガザ戦争日記 7日目】

7月15日 
この血なまぐさい日が終わろうとしている。
夜の始まりはかなり静かだった。嵐の前の静けさ。
ここでいう静けさっていうのは爆撃が近くで起こっていないというだけで、
上空を飛ぶ無人偵察の「ヅヅヅ―」という音は昼夜ずっとなり続いている。

「バーーーーーーン」、と突然どこからともなく爆発が始まった。
ワールドカップのアルゼンチン対ドイツの決勝戦の直後だった。
イスラエル軍機の操縦士は試合結果に怒っていたのだろうか?

再び私の家の近所に爆撃があった。今度は警察署だ。
また夜明け前の、朝からの断食に備える食事中だった。
ガザ北部から国連の学校に現在避難している多くの人たちのことを思った。

それから朝が来るまで私はベランダに座り、そのまま空を見上げていた。
近所の人たちはものすごい悪臭をかき消すために路上で大量のごみを燃やしていた。
ガザ市の公共サービスはこの爆撃中まったく機能していない。
ごみの収集にも来ないのだ。道端にあるごみ捨て用のコンテナはいっぱいになったままで、
ものすごい悪臭が立ち込めていた。夏の真っ盛りで、気温もとても高い。

今日私たちの近所は特に静かだけど、遠くではまだ空爆の音が聞こえ続けている。
イスラエル軍は一般市民の家、モスク、診療所などを見境なく爆撃している。

一番ショックなニュースはアル・シファ病院の医師が、
イスラエルによるDIME(高密度不活性金属爆薬)の使用を確認したことだった。
その爆薬で負傷して病院に搬送されてきた人のほとんどは治療が難しいそうだ。
その種の武器が過剰に使われ、すごく小さな爆破物の破片が皮膚組織と血管を破って
出血多量をおこし、死に至ることもある。

前回のガザ攻撃では国際的に禁止されている化学兵器が使われたことを思い出した。
イスラエルの使用したリンを含む科学兵器は、パレスチナ人の体にこれから何年影響を及ぼすのか。
彼らはガザの人たちを兵器の実験用マウスとして使っているのだろうか。
新兵器の開発のために使っているのだろうか。なんて非人間的なのだろう。

毎日たくさんの悲惨な映像を目にしているが、今日見た映像で一番心が痛んだ映像は、
パレスチナ人の父親が二人の息子の死体を抱きかかえているものだった。
父親は泣き叫び、死んだ子どもに、守ってやれなかったと、許しを乞うていた。
武装もしていない一般市民、イスラエルの戦闘機や軍艦の前では
何も出来ない一人の人間が、息子を守れなくて懺悔している。心が痛む。

アメリカABCテレビの有名なアンカー、ダイアン・ソイヤーがニュースを読んでいる映像を見た。
彼女は視聴者に向かって「ロケット弾がイスラエル上空に降ってきています」と伝えていた。
でも実際の映像はイスラエルの戦闘機がガザを爆撃しているものだった。
さらにある写真を「イスラエル人家族が持てるものを救い出そうとしている」とも伝えたが、
その写真はどう見ても、パレスチナ人が瓦礫の中からマットレスを引っ張りだしたものだった。

後になってABCニュースはそれらが間違いであることを認めたと、どこか読んだ。
でもどんな嘘でも、一旦広く伝わってしまうと、その後何回訂正しても、それは受け入れられてしまう。

これが問題の写真。
「ABCニュースは、イスラエルに爆撃されたパレスチナ人を指して
“ハマスのロケットの犠牲者のイスラエル人”と伝えたことを公式に謝罪している」そうだ。

ABCニュース


2014.07.18 | | 2014ガザ

イスラエルの人権団体から

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【イスラエルの人権団体ベツァレムの緊急プレスリリース】

「軍によるガザのリハビリ専門病院からの避難勧告は違法である」

イスラエル軍がガザ市のシャジャイヤとザイトゥーン地区の
居住者全員に7月16日午前8時を期限とする退避勧告を出しているが、
それに「アルワファ」リハビリ病院が含まれていたことが
ベツァレム(イスラエルの人権団体)の調査で分かった。

当会からの電話インタビューに対して、アルワファ病院長バスマン・アル・アシ医師は、
昨晩11時10分ごろ録音されたメッセージの電話が病院にあり、
シャジャイヤ地区の居住者すべて今から退避をして、北上してガザ中心部へ移動するように
との勧告を受けたと述べている。
その直後の午後11時半ごろ、病院にまた電話がかかり、
今度はイスラエル軍からだと名乗る人物が電話の向こうで、
特に病院は全員が避難するようにと再度勧告した。

アル・アシ医師によれば、
この病院には年連14歳から95歳までの17人の患者がいて、
様々な身体麻痺を負っている。さらに30人の職員や外国人のボランティアがいる。

アル・アシ医師は病院から退避する意思がないことを明言し、
この病院はこうした症状の患者のためにリハビリ治療をするガザでは唯一の病院だと述べた。

軍による病院からの退避勧告は違法である。
国際法では、病院は攻撃目標になってはならず、たとえ退避後でも病院は軍の攻撃目標にしてはならない。

ベツァレムの得た情報は、その地域全体の一掃作戦の一部として、
病院に退避勧告が出されたことを示している。
しかしリハビリ専門病院の退避がどれだけ複雑で、
患者の命を危険にさらすリスクがあるのかを全く無視している。
しかも患者を移動することのできる他のリハビリ専門病院はガザには存在すらしない。
またこういう患者に必要な条件は再現不可能である。
たとえ最良の条件でも患者の移送はかなり複雑で危険が伴う。ましてやガザの今の状態では生死にかかわる。

2014.07.17 | | 2014ガザ

すぐ眠りにつける世界の人へ


ラシャのガザ戦争日記 5日目

2014年7月13日、ガザ地区: 
戦争5日目だ。いや5日目はもう終わったかも?ちょっと待った、、、
この一連の爆撃が始まったのは何日前だったたか?
まるで何年の前のことを思い出すみたいだ。
まだ数日しかたっていないのが信じられない。

しかし何日経ったなんてのは関係ないだろう。
イスラエルはその気になればガザなんて2,3日で消し去ることができるのだ。
パレスチナ人の苦悩を長引かせ、傷を深くしたいのに違いない。
昨晩はイスラエルの海上からの爆撃がさらに激しくなったが、
標f的はどうやら他の地域の模様。

昨日イスラエル空軍が障がい者のリハビリセンターを爆撃し、
もっともひどい、むごたらしいことがことが起きた。
睡眠中だったので障がい者女性2名が犠牲になり、ほかの人多くも負傷した。
ほかにも多くの慈善団体やNGOが標的にされた。
こんな恥知らずなことはあるだろうか?どうやって正当化できるのだろうか?

すぐに眠りにつける世界中の人へお願いしてもいいですか。
もし、爆弾がなく、空を駆け巡る無人偵察機がなく、
また無残な死体の残像がなく、崩れた家のがれきの中から
引き揚げれられた死体を泣きながら抱きしめている親の悲しい映像も
見ないでいい状態だったら、あなたは、睡眠という恵みに感謝しなければいけないのです。

目をつぶるたびに、人々が寝ている間に爆撃され破壊された数々の家を
思い出してしまう。わずかな時間の警告があるか、まったく予告がなく爆破された家を。
ある家がF16機に爆撃された場合、その周りの数軒も確実に壊滅される。
真夜中に警告があって、すぐに家を空けなければいけない状態ってなんだ。

何者かが、「7-10分で家を空けろ」と警告してきて、
すべてを置いて逃げ去って、自分の持ち物全部が壊されていくのを
ただ見ていることを想像できるだろうか?

家は、ただ壁やブロックに囲まれている箱ではない。
私たちが子どもの頃に過ごした時間そのもの、思い出、夢、そして安全な場所なのだ。
大好きな本、自分の枕、アクセサリー、娘の大好きなお人形、
息子がスポーツ大会で勝ち取ったメダル、そして大切にしていたコーヒーカップ・・・
すべて置いていかなければならない、ってどういう気持ちか想像できるだろうか?
そしてもし今日生き残ったとしても、この後、何百回も死の恐怖を味合うことになるのだ。

2014.07.16 | | 2014ガザ

次は我が家かもしれない(ガザ)

アブ・ターレクのガザ戦争日記 

6日目と7日目


2014年7月13日 5:24
緊急コール

いまさっき、家の前をたくさんの人たちが通って行った。
日常生活が戻ってきた、と最初は思ったのだが。
しかしそうではないことが分かってショックを受けた。

ガザ北部から庇護のない人たちが
4つの国連の学校に避難するために移動していたのだった。
数百人の子ども、年長者、若者、誰もが疲労困憊の様子をしている。
みんな衣類を抱えていて、炊事道具を運んでいる人もいる。
その光景がトラウマになっている。

悲しく、ショッキングで悲惨な状況だ。
こんなことはあってはならない。どんな支援ができるのか。
この人たちはお金を必要としているわけではない。
あなた方のほほえみ、支え、そして住む場所。
どんなものでもよいからこの人たちの生活を楽にし、回復ができるようにしてほしい。
もし時間があれば、地元の人たちは避難先の学校に来て、
何か手助けをしてほしい。そこにいるだけで、意味がある。

彼らの写真を撮ろうとして、手が震えた。
写真を撮ること自体が不道徳のように感じた。
しかし、写真を撮ってもよいかと聞かずにはいられなかった。
かわいい女の子とその兄弟。これは正義か?


2014年7月14日 17:03
第7日目

それは午前3時半だった。
絶え間ない砲撃の音、F16の轟音、停電のなか、突然電話が鳴り響いた。
誰かが電話になると思ったのだが、誰も出ない。
少し待ってみて、電話を取った。
義弟だった。「みなさん大丈夫ですかー?」
しかし普段とは違うのだ。

下の階に住む母が、恐怖に駆られて電話をしてきた。
「誰も電話に出なかったから、イスラエルが攻撃してくるわ。
時間があるだろうか?」母に答えるのが精いっぱいだった。
「いや、イスラエルではなかった」

ガザの人たちが、どれだけ次は自分たちの番だと考えながら
待っているかが分かるだろうか。次はどこか?
イスラエルの様子を見ていると、どこだって標的になる。
民家を狙うことで、深いトラウマが刻まれる。
次は我が家かもしれない。

2014.07.15 | | 2014ガザ

パレスチナ人にはシェルターがない

アブ・ターレクのガザ戦争日記 4日目と5日目

今朝は危険を冒してビーチキャンプの路地を抜け、青物市場に向かった。
露天商が数人、やはり危険を冒して店を出している。
心配そうな青い顔をした人たちがその周りにまばらにいる。

「こんなとこに来てあんた大丈夫なのかい?」 
眠っていない顔の露天商が不安げに聞いてくる。
「俺の家には金がない、食べ物も赤ん坊のミルクもない。
そんななかで恐怖を抱いて家にいるよりも、
危なくてもここで働いている方が100倍もマシだよ。
俺たちには避難シェルターがない。
あんた、パレスチナ人でシェルターを持っているってやつのことを聞いたことがあるかい? 
俺たちは怖くなんかない。どんなに犠牲を払っても名誉を取り戻すさ」
私は黙ってそこを離れた。

私はもちろん恐怖を感じているので、家族のために食料を買わねば
という思いがなければ市場には来なかっただろう。
行きは歩いて行ったが、帰りは荷物がいっぱいでタクシーを拾わなければならなかった。
家までの5分間、フラッシュのように数日前の記憶が戻ってくる。
いつ何時、タクシーへのミサイル攻撃で焼き殺されるか分からない。

午後遅く、以前に住んでいた地域にイスラエルは激しい爆撃をした。
80歳の老人が標的だとか!正気の沙汰ではない。
モスクを壊し、銀行を標的にする。すべてインフラだ。
軍事目標についてはついぞ聞かない。イスラエルはガザの破壊を目指しているのだ。

みんなに言っておかなくてはならない。
イスラエルも被害にあっているとメディアは言っている。
それを聞くと、あたかもパレスチナがイスラエルよりも強い軍事国家のようにさえ聞こえる。
イスラエルは世界で11番目、中東世界では最強の軍事国家なのだ。
この狂気の攻撃は停止されるべきだ。平和が訪れるように。

第5日

障がい者、子ども、赤ん坊・・が、昨晩の激しい攻撃の的になった。
それにいくつかのモスクと、民家、慈善団体、リハビリテーションセンター、
病院、孤児院、スポーツクラブ、公園、そして農村。なんてこった!

一人の父親の話は最も悲痛だ。
8年間待ち続けてようやく生まれた赤ん坊。その小さな女の子は重傷を負っている。
父親が泣き叫んでいる。「私の血を取って、この子の命を助けてくれ」。
時間が止まっている。なぜイスラエルは、なぜ、・・。
こんなことのために新しい命が生まれたのか?

障害者の女性3人とその介護者も標的にされた。正気の沙汰ではない。

アラブ諸国の沈黙、国際社会や人権団体までもが沈黙している。
メディアが真相を伝えていないからか? 
私たちは見捨てられているのか? 私たちが一番ショックなのはこのことだ。

2014.07.14 | | 2014ガザ

ワールドカップを見ていて殺された若者たち


【ラシャのガザ戦争日記 3日目その3】

ワールドカップを見ていて殺された若者たち

ワールドカップ大会のアルゼンチン対オランダの準決勝を,
海のそばの家で見ていた人たち。彼らもイスラエル軍戦闘機の犠牲になった。
TVを見ていた20人の若者のうち、6人が即死した。
世界がワールドカップ(World Cup)で騒いでいる中、ガザはワーカップ(War Cup)と直面している。

私はふと、この戦争が終わったら、ガザには国際的な支援が集まるのだろうと考えた。
支援金はガザの復興に使われるのだろうが、それは次にイスラエル軍の攻撃が来て
ガザが再びすべて破壊されるまでの間のことだ。

パレスチナには拠り所が必要だ。政治的な決断が必要なのだ。
抑圧者に対抗するロビー活動が必要だ。二度とこういうことが起こらないように。
同じようなことが繰り返されて、パレスチナ人が国際支援を恩に着せられることが無いように。

この文章を読んで、むごたらしい攻撃を知ることになる人々への責任を感じながら、今私は書いている。
私は一人ひとりの声をすべて伝えたいと思う。
ばらばらになった子どもの体の破片が寄せ集められるのを、目の前で見なければならなかった母親の声。
家族をすべて亡くした父親の声。
爆撃された自分の家の瓦礫から助けられたが、両足を切断せざるを得なかった若者の声。
結婚式を直前に婚約者をなくした女性の声。
マリアム・アル・マスリという10歳の女の子、そのたった一人の子どもを残虐なやり方で失った父親の声。
病院の死体安置所で、2人の幼い子どもの死体確認をした若い母親の声。
爆撃された家の瓦礫から、死体の破片を拾っていた救急隊員の声。
簡単な医療品しかない病院で、負傷者を懸命に治療している医者の声。

これらを一つ残らず伝えたい。彼らの悲惨で大きく傷ついた心の声を伝えたい。
イスラエルは自らに攻撃の刃を向ける人たちを増やしている。
武装勢力だけではないのだ。
丸腰で、脆いけど、侵略者の消滅以外何も望まないという一般市民がたくさんうまれているのだ。

「防御の境界線作戦」の3日目が終わろうとしている。
イスラエル軍はこの作戦の継続を宣言し、高い確率で地上軍が投入されるだろう。
面積365キロ平方メートル、南北41キロ、東西の幅5~15キロの地域への地上侵攻。
数十個のロケット弾がイスラエルに向けて発射された。
未確認だけどいくつかはイスラエルに落ちたらしい。
一方イスラエル空軍の爆撃は650回以上。
今回の攻撃で殺されたガザのパレスチナ人は90人に上り、700人近い人々が負傷している。
F16戦闘機によって少なくともガザの160戸の家がぺしゃんこにされた。

それでもなお、私は明日には平和が訪れるのを望んでいる。

2014.07.13 | | 2014ガザ

国連は何のためにあるの?

ラシャのガザ戦争日記 3日目 その2

国連は何のためにあるの?

ここ2、3日は数時間しか寝てない。本当に疲れた。
断続的な爆撃や爆音に対して体が以前より強く反応しているのがわかる。
攻撃が始まって以来初めて、私は泣いた。
10分だけでも平穏な時間が欲しかった。ただ眠りたかった。

秒単位のニュースなど追いかけたくないのだが、結局ニュースを見てしまう。
夜明け前のお祈りの呼びかけが始まるまで、爆弾の音がずっと空間を支配していた。
「アッラー・アクバール(神は偉大なり)」とお祈りの始まりの呼びかけが聞こえた時、
私は何度もその言葉を繰り返した、、、そう神は偉大なんだと。
神はイスラエルなんかよりも、その軍事力よりも、空軍より偉大なんだ。神は偉大なり!

それから数時間は眠ることができた。
目が覚めてラジオのスイッチを入れたら、国連の潘基文事務総長が
ラファの国境を開くよう要請している、というニュースだ。
なぜ、エジプトに国境開放をお願いするの? 
なぜ、イスラエルにガザへの爆撃をやめるように言わないの? 
国連って何のためにあるの・・・? 

その後、エジプトがラファの国境をやっと開けて、負傷者が避難したり、
薬品をガザに入れる許可がでたと聞いた。
ガザの病院は受入れオーバーで破綻している。でもラファが開いたといって、
天国への扉が開いて地獄から逃れられる、なんていうわけではない。
何百人もの重症者はシナイ半島の広大な砂漠を通り、燃えるように暑い夏、
八時間近くかけてカイロに向かって移動しなければいけないのだ。
惨めさと苦難への扉が開いたようなもの。

下水処理施設のポンプ4基が爆撃によって故障しているというニュースも流れてきた。
その処理施設はガザ市の半分の下水を処理している施設だ。
その結果今下水は処理されないまま海に流れ込んでいる。
数週間前から、燃料不足のため十分な一次処理さえされないまま下水が海に流されていた。
政府機関はガザの海岸はひどく汚染されていて危険であると言う。
海はガザの人々にとって唯一の天国のような喧騒を抜け出して楽しめる場所なのに。

2014.07.12 | | 2014ガザ

これは戦争ではないただの虐殺だ。

ラシャの戦争日記-3日目

これは戦争ではない。ただの虐殺だ。

そう、戦争はすでに3日目。昨日は眠れなかった。
もはや自分たちの欲しいものはなにも得られないようだ。
明日には平和がくると思っていたのに、平和な瞬間さえほとんどない。

昨夜は狂乱に満ちた激しい爆撃で幕をあけた。
空爆や海上からの爆撃は今回の攻撃の中で一番激しく恐ろしかったと思う。
でも今夜の、爆撃の度に家を揺るがす音の衝撃のほうがすごかった。
もう「戦争」とは呼びたくない。
2012年にイスラエルがガザ攻撃をした時、
アメリカ人作家、ノーム・チョムスキー(ユダヤ系、訳者注)がつづった言葉を思い出す。

「イスラエルは高性能な戦闘機や戦艦で人口密度の高い難民キャンプ、
学校、集合住宅地、モスク、そしてスラム街を爆撃している。
空軍や対空防御システム、海軍、大型武器、砲撃隊、装甲機械、
指令系統、軍隊組織を持たない人々に対して攻撃を加え、
それを戦争と呼んでいる。これは戦争ではなく単なる殺人だ」 (ノーム・チョムスキー)

虐殺されるため、家を壊されるため、子どもや女性が殺されるためだけに、
一箇所に閉じ込められ、逃げる場所や隠れる場所のない状態は戦争とは言わない。
それは殺人。大量虐殺だ。

ずーっと不思議でならないのは、ヨーロッパ、イギリス、アメリカ、オーストラリアなどの人たちは
私たちのことやガザで何が起こっているのか知らないのだろうか?
どうしてみんな黙っているのだろう?何が起こっているか知らないから?
イスラム教徒である必要はないはずだ…ただ人間であれば立ち上がれるはずなのに・・・。

でも、彼らが黙っているのも不思議ではない。欧米メディアが親イスラエルなのは明らかだから。
エルサレム、ジャファ、アシュケロン、テルアビブにいる記者の数は、
ガザにいる数とは比べ物にならない。
イスラエルのプロパガンダや、そのプロパガンダをオウム返しする西側メディアは
本当に断定的だ。イスラエル政府のやっていることは大小さまざまな「出来事」だけを事件として扱い、
1世紀以上に及ぶパレスチナとイスラエルの紛争原因はまったく無視しているのだ。
ハマスがイスラエルに向けて発射したロケット弾だけがクローズアップされて、
原因や背景は全く語られない。
更に悪いことに、シオニストはハマスの行動を「テロリスト活動の証拠」という文脈だけで使う。
世界の人々はこういうメディアによって盲目になってはいけない。
真実を探し、直視するべきだ。背景などふくめた広い視点で見て判断して欲しい。


続きを読む

2014.07.12 | | 2014ガザ

イスラエルの平和運動

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グッシュ・シャローム(イスラエルの平和団体)の呼びかけ

イスラエル人とパレスチナ人がエルサレムで共同デモを行います: 

「銃撃をやめろ!報復、暴力、憎悪、ミサイル、爆撃すべてをやめろ!」

木曜日 午後8時30分 我々はザハル広場でデモを行います。東エルサレムと西エルサレムが一緒になり、イスラエル人とパレスチナ人がとなり合わせで声高に訴えます - 停戦を!!
この一週間、エルサレムの街はしばらくなかったほどの暴力にあふれています。エルサレムの西側(ユダヤ側)と東側(パレスチナ側)の暴力は増幅するばかりです。
今週木曜日、我々は集まり、暴力はさらなる暴力しか生まないことを訴えます。

このような状況は初めてではありません-イスラエル軍の「鉛の独楽作戦(2008年~2009年のガザ侵攻)」、「防御の柱作戦(2012年のガザ攻撃)」、そして現在の「防衛的境界(仮訳)作戦」。 爆撃はロケット弾の報復を生み、それがまたさらなる爆撃を生むのです。報復行為はそのように新たな報復しか生みません。

今こそこの暴力の負の連鎖を断ち切るときです。我々の生活を正常な状態に戻し、この紛争に終止符を打ちましょう!

この集会は「平和運動のための戦士」というグループが呼びかけ、メレツ、ハダッシュ、グッシュ・シャロームが支援をしています。

2014.07.11 | | 2014ガザ

パレスチナ戦争日記 

何人かのガザ市民の声をお伝えしています。
この戦争日記は、若い女性が書いているものです。

パレスチナ・ガザ  2014年7月10日

人生でこれほど生きた心地のしない体験をしたことはなかった。

午後、家を揺さぶるような爆発が起こったあと、一本の電話がかかってきた。
妹からだった。とぎれとぎれに、「イスラエルの空爆が・・近所・・・家を脱出して
・・・・全壊・・・・」そして電話が切れた。私と家族は真っ青になった。

何度もかけなおそうとしたが、まったくつながらない。
父と兄は妹家族を迎えに行くため、無人の道を車を飛ばして妹の家に向かった。
その間も雷のような爆音が鳴りやまない。ものすごく怖くなった。
心臓の高鳴りがすごくなり、全世界に聞こえるんじゃないかと思ったほどだ。
そして心は閉ざされていくのがわかった。自分の精神が完全に破たんしそうになりながらも、
母の気を休めようとした。
この時ばかりは自分に超越した力があり、イスラエル軍の戦艦、戦闘機、戦車を
ガザから追い出すことができたらと本当に思った。

妹の電話から、彼女と子どもたちが家のドアから入ってくるまでの20分間は、
人生で一番怖い時間だった。姪たちが私に近寄り、私の懐に隠れこむように抱きしめてくれたが、
この子達は、私も彼女たちと同じように脆く力がないことをきっと知らないだろう。

今後の見通しが立つまで、妹家族は私たちの家に住むことになった。
妹は近所の人たちがどんなに泣き叫んで避難してきたかを話してくれた。
近所のある家に、イスラエルのアパッチヘリコプターが、
「F16戦闘機がその地区近辺を数分のうちに爆撃する」との警告をした。

避難するのに十分な時間があるときもあるが、多くの人はそんな時間は与えられない。
幸い妹と彼女の夫はものすごい勢いで子どもたちを連れて階段を下り、
爆撃や破壊された建物の破片から身を守ることできた。

初回の警告からたった6分後の出来事だ。向かい側の家は爆撃を直接受け、
女性の叫び声や子どもの鳴き声が響き渡った。
その家は全壊しその周辺の家々は部分的に破損した。

甥や姪たちをみていると、こういう体験が彼らの心理的にどういう影響を及ぼしているのだろうと
心配になる。すべての子どもたち、女性、そのその他人々がこの苦難に満ちた戦争の中で
どうやってすごしているのだろう。以前のガザに対する攻撃でトラウマを抱えた子どものために
仕事をしたことがあるが、そのような子どもたちへの対応はすごく複雑で繊細さが必要なのだ。

昨日は全く眠れなかった。騒音だけでなく、ニュースを追っていて心配が増えたからだと思う。
毎回爆音を聞くたびに、私は自動的に跳ね上がりフェイスブックをチェックしたり、
ラジオの電源をいれたりする。

イスラム教徒にとって神聖なるラマダン月の最中なので、私はいつものように夜明けの直前に食事をとり、
16時間の断食に備えている。その断食の時間帯はものを食べることもの水を飲むことも許されない。

日中2、3時間寝ることはできたが、すぐに起きて最新のニュースをチェックした。
イスラエル海軍は海上から名前を聞いたこともない場所を砲撃している。犠牲者は分刻みで増えている。
ニュースは、イスラエル空軍や海軍が民家、モスク、女性、子どもを標的に砲撃しているとさかんに流している。
イスラエル軍は救急車、救急隊員や報道関係者までも標的にしている。

これって狂気ではないだろうか?人道法、国際法ってどこに行ったの?
ジュネーブ条約ってなんのためにできたの?使われないために?
国連と呼ばれている機関はどこにいるの?国連はパレスチナ人が苦しみつづけるためにできたもの?
国連はこのような侵攻や攻撃にさらされているときもパレスチナの一般市民を守ってくれないのだ。
国際社会、恥を知れ!国連機関、恥を知れ!

ガザの主要病院であるシファア病院のニュースが耳に入る。
患者でごった返していて明らかに許容量オーバーだそうだ。
隣国エジプトに対しては、重傷を負った病人のみ避難できるようにラファ検問所を開けてほしいと要請がされた。
この緊急な要請にも関わらず、ラファの検問所は閉ざされたままだ。
うわさによれば、イスラエル政府高官がこのガザに対する攻撃はエジプト当局と事前に調整して
合意の上で行われている、と公言しているようだ。
「ハマスをガザから追い出す」というお互いの利益が一致するからだ。
隣国と調整して、女性や子どもを含む一般市民の殺害を容認する・・・・何ておぞましいことだ。

さあ今日の断食を終える時間。でも今は停電。最近は毎日8時間しか電気が通ってない。
そういう状態が数カ月、いや数年続いているだろう。でも覚えてない。
それでも、私の家には発電機があり、電灯少しとWi-Fiも使用できる。
ガザ中の多くの人々が暗闇に飲み込まれている中、少なくとも私たちはこの燃えるように熱い夏に
扇風機をつけることができるのだ。

お祈りの呼びかけがモスクから始まる直前に、妹は義理の両親に電話をした。
彼らは、壊れた家の見通しが立ったのでそのまま家に残るといって聞かなかった。
自分たちは安全な状態にあるということを念押していて、今日はキリスト教徒である近所の友人が
断食明けの食事を用意してくれている、と報告したそうだ。
ガザの社会では私たちはみな敵意なんか持っていない。宗教の違いに関わらずお互いを励ましあっているのだ。

また悲しい知らせを聞いた。友人の叔父といとこが亡くなった。彼らは一般市民だ。
彼らは丸腰で所有していた畑の木を見に行ったときに、戦火に巻き込まれてしまったのだ。
畑はガザの中心部にある。近くにいたイスラエル軍のヘリが発射した警告砲に気づかなかったようだ。
そしてまもなく彼らは亡くなった。
彼らには家族が、子どもが、それぞれの生活が、そして愛した人たちがいた。
戦争の二日目に起こったすべての出来事で私の胸は一日中ずっと締め付けられていた。

これが2日目の終わり。え?3日目がもう始まっている?もう何だかわからない。
時間の感覚を失ってしまったから。時間が過ぎてゆき、爆撃が続き、無人偵察機が空を駆け巡り、
そして私たちはこの瞬間まではとにかく生きている。
今までにこの戦争で450発もの爆弾がガザに落とされ、55戸の家屋が破壊された。
緊急救助隊員によれば死者は58人に上り、負傷者は488人以上だそうだ。

正確な数字や統計はどこにもない。
しかし殺された人1人1人には名前があり、生活があり、愛する人がいて、そして夢を持っていた。
地球上のどんな法律がこのような仕打ちを許しているんだろう?

この長かった一日の後、私には睡眠を取って疲弊した心と体を休めることが必要だ。
緊急事態に備えてきちんとした服を着て、重要な書類全部を鞄につめて
いつでも動ける準備をしておかなければいけない。
「明日は少しは良くなる」という希望で私の二日目は幕を閉じた。

2014.07.10 | | 2014ガザ

ガザ市民の声  DAY2

DAY2 ガザ 2014年7月9日 

12:49

真昼間、ものすごい爆発音。屋上にいた息子が逃げ帰ってきた。
「すごい音だったな!」。彼は笑みを浮かべている。
「ラマダンの花火かい?おまえがやったの?」どうやら他の子たちがやっていたようだ。
次の瞬間には記憶が薄れ、息子はすでにその音を忘れてしまった。でもその体験は二度と忘れないだろう。

ただただ、全体像を説明することなどできない。
説明などできない。なぜ、殺された28人のうち50歳以上が6人なのか? 
15歳以下の子たちが10人なのか。そして女性が5人以上なのか。

13:47

是非シェアして欲しい。
友人でもある保健連合の事務局長であるラエド医師からの緊急な要請だ。
ガザが人道的危機に陥らないことを心から願う。
ガザでは11万人の給料が1年近く支払われておらず、また20万人以上が職にあぶれているのだ。

「パレスチナ保健連合」からの緊急要請

ガザ地区は大規模な軍事攻撃によって深刻は人道的な危機に陥っています。
むごたらしい攻撃、民家への狙い撃ち、断続的で無差別な町や難民キャンプへの爆撃など…

今日7月9日現在、イスラエルはガザ全土を大規模で断続的に空爆してきています。
昨夜以来18軒が空爆にあい、さらなる攻撃を続けるイスラエルの新たな政策の恐怖にさらされているのです。

イスラエル攻撃の恐怖におびえ、人々の行動がひどく制限されています。
薬品の量は足りなくなり、病院では増え続ける犠牲者を入院させることができなくなる
恐れがあるとして緊急事態宣言を発しています。

ガザ保健連合は、国際社会、国際NGO、また人道支援団体に対して
ガザが現在重大な保健的・人道的な危機に直面していると警鐘を鳴らし、支援を要請します。

我々のガザ全域の地域事務所や診療所に医薬品や消耗品、毛布やマットレス、
そして可能であれば食料も支援をしてください。
イスラエル海軍の砲撃や軍の家屋侵入に備えて避難してきている家族がいます。
保健連合はこの緊急事態下にあって、人々の回復力を支援し、
さらなる状況悪化や予測される危機を防ぐため尽力しています。
保健連合では、経済的な支援も受け付けています。
脆弱な人々への食糧や金銭の支援は、人々の結びつきを維持し基本的人権のために大変重要なのです。

その他あなたのできる支援があればどうぞお申し出ください。
我々の持てる力を総動員して人々に皆様のご支援を届けます。
皆様の支援やこの緊急要請アピールのシェアに心より感謝します。


18:39

昨日の夜は眠れず、今日は昼寝をした。でも、しなければよかった。
18時ごろ、すごく大きな爆音で飛び起きた。すぐ近くだ。
まずラジオ無線機に走って、情報を得ようとしたが停電になっていた。

「ちょっと!今日は20人も殺されたよ。明らかに何か変だ!」
聞いている、聞いている、聞いている、、、、

あちらでもこちらでも家族が犠牲になっている。
殺された人のほとんどが女性や子どもたち。
住宅街の家々が破壊された。
60歳の男性、31歳のその息子、80歳の女性、40歳の女性と13歳の息子!バイクに乗った人、
そしてちょうど今ベイトハヌーンの自宅にいた3人が爆撃によって殺された!!
たった2日で500人以上が負傷している。なんてこった!!!


F16戦闘機が空中を飛び回っている!!

家にいるとまるで刑務所にいるみたいだ!!家族はみな心理的に限界だ!
近所の家はかなり騒がしくなった。親せきが15人以上その家に避難してきて
一緒に住んでいるから。その親戚たちはガザ東部のイスラエルとの国境近くに住んでいて、
そこはもはや安全ではないのだ。大規模な強制退去が始まっている!

僕が知っている限りその家の主人には7か月も給料が支払われていない。
そして1000ドル以上の借金をしている。まるで考えられない。
そのうえ自分の家でさらに15人以上の面倒をみなければいけないのだ!!

次は何?どれぐらい続くのか?それは誰にもわからないんだ。

2014.07.10 | | 2014ガザ

攻撃にさらされているガザの市民から



2014年7月8日 21:52

ガザが攻撃にさらされている!

子どもたちは怯えている「パパなにが起こっているの?」。
何と説明しようか、、、どうやったら、ガザ地区全土が戦争の最前線になっていて、
激しい軍事行動が行われていると説明できるだろう?

6歳の息子が聞く「カウレさん一家には何が起こったの?」。
ラジオのニュースを聞いてひどくいらだっている。
子どもや老人が屋根の上にいたところに、イスラエルが爆撃をして7人が犠牲になった家族だ。

ラマダン中なので、午後は買い物に出かけたが、ガザの町はまるでゴーストタウンだった。
中心街の近くで僕がタクシーに飛び乗ったころ、そのすぐ近くでイスラエル空軍は3人が乗っている車を爆撃した。
僕のタクシーはすぐにその場を走り去ったが、焼け焦げた3人の死体のイメージが頭から離れられない。

日が沈み、さらに17人のパレスチナ人が殺された。そのうち少なくとも8人は子どもだった。
まったく何てことになっているんだ???

普通の市民の家が標的になっている!!!!武器などある筈もないのに!
「こちらはイスラエル軍。5分で家から出ろ!家を倒壊する。」(イスラエル軍は爆撃の前に警告の電話をかけている。)
なぜ?誰にも理解さえできない。

恐怖の夜がくることは予想していた。でも電灯くらいはついていてほしい(停電なのだ)。

イスラエル海軍が海上から激しくガザを爆撃しているって、本当に耐えられない。
自分の家に今にも爆弾が降って来そうな感じだね。

僕らは攻撃されている。僕らはただ自由が欲しいだけなのに、、、抵抗運動しているだけなんだ。
ガザ封鎖をやめてほしいだけ。理由もなく逮捕されてている600人の自由を求めているだけ。
イスラエルに西岸、エルサレム、そしてガザへの攻撃をやめてほしいだけなんだ。
僕らの夢は2つの国が共存すること。でも、そんな夢を見ることさえ許されないみたいだね。

夜中までにイスラエル空軍は人がまだ中にいる家を狙い、男3人、女2人、そして幼い娘一人の家族全員を殺害した。
いまやイスラエル軍は集合住宅を標的にし始めている。

2014年7月9日 0:08

攻撃初日が終わったが、北部ベイト・ハヌーンの6人の一般市民がさらに犠牲になった。
そのうち2人は女性、そしてもう2人が子どもたち。

2014年7月9日 1:22
ガザ攻撃2日目

眠れない!!心配と疲労のためだ。
ドローン(無人偵察機)、アパッチ(戦闘用ヘリ)、F16戦闘機、全部が空中を駆け巡っている!

家の窓を全部開けるのを忘れてはいけない(窓が完全に閉まっていると爆風の圧力でガラスが飛散するから)。
寝ている子どもたちがとても心配だ。

爆撃の音が聞こえる、、でもまだ遠いようだ。今はそれだけ。

新しい日は、「ガザ南部ラファで2人が殺れた」で始まった。

2014.07.09 | | 2014パレスチナ

ガザから電話インタビュー


ガザ空爆2012秋(母子)
(空爆の様子を語る母、2012年11月の空爆後の写真)


ガザの現在の様子を市民に聞きました。

日本でもここ数日、パレスチナ関連のニュースを目にすることが増えました。
若者たちが亡くなったり、爆撃や破壊という悲しいテーマばかりです。

ガザの市民に現在の状況を聞きました。(日本人駐在員は一時帰国中です)

「昨日は50か所の爆撃があったそうです。
毎日、だんだん攻撃の回数が増えていくようで、
大規模な軍事侵攻が始まるのではないかと心配しています。
いまは、海上の戦艦からの砲撃の音が響いています。
とても大きな音なので不安感が増します。
大型の爆弾を使っているのではないでしょうか。

イスラエルはハマス要人への暗殺を始めると言っています。
暗殺はいつどこで起こるかわからず、巻き添えになる危険が高いので通りを歩けません。
ラマダン中ですが、通りに出るのは危ないため、人々はお祈りにいくこともできません」

「相変わらずの停電に加えて、断水が始まり、3日に1回しか水がでなくなりました。
”海で泳がないように”と政府は住民に呼びかけています。
というのも土曜日以降、ガザのすべての下水処理施設を止めたため、
無処理の排水が海に直接流されているからです。
大規模な施設を動かす燃料が底をついているらしいです」

「昨日までは、空き地や地下施設などを狙った空爆が多かったが、
昨夜より住宅地への空爆が始まっています。
イスラエル軍は事前に退避するように電話をしてから空爆しているので、
犠牲者の数は多くありませんが、家は確実に破壊されています。」

「西岸とガザの政府の和解が進んだのは良いことなのですが、
ガザの公務員に給与が出ないという事態になっています。
そのためか、ATMを壊している人たちが出始め、銀行は閉まっています」

「いま、各地で空爆が5~10分おきに続いています。
エジプト政府が停戦協議から身を引いたため今後が心配です」

テーマ:NPO - ジャンル:福祉・ボランティア

2014.07.08 | | 2014パレスチナ

つらいことや悲しいことがあっても生きるんだよ!

小学生と震災を考える

鎌倉の小学校の平和学習の時間に
東日本大震災被災地での活動をお話ししました。

小学校4年生から6年生の180人の子どもたちと、
被災をした子どもたちの生活や気持ちを一緒に考えました。

岩手県大槌町の被災の状況と、
当会の支援の話を聞いた子どもたちにいろんなことを考えてくれました。

「給食はどうなったんですか?」
「トイレはどうしたのですか?」
「好きなものや大事なものを亡くしたのは悲しい」
「お父さんやお母さんを亡くしたのに、今では笑顔を見せていてすごいと思う」

自分の命は自分で守ろう!
どんなに辛く悲しいことがあっても、生き延びるんだよ!
というメッセージが子どもたちに届いたことを願っています。

関谷小学校

2014.07.04 | | 2014日本

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